名古屋高等裁判所金沢支部 平成2年(行コ)5号 判決 1991年10月23日
福井市手寄一丁目一一番二五号
控訴人
山口賢司
右訴訟代理人弁護士
吉川嘉和
福井市春山一丁目六番一号
被控訴人
福井税務署長 釣谷光春
右指定代理人
天野登喜治
同
深谷幸市
同
山下純
同
浅井俊延
同
土田栄
同
川村伸一
同
松本秋景
同
木村亘
同
金津利博
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
一 当事者の求める裁判
1 控訴人
(一) 原判決を取り消す。
(二) 被控訴人が昭和六〇年二月二五日付で控訴人の同五八年分の所得税についてした重加算税の賦課決定処分を取り消す。
(三) 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
2 被控訴人
主文同旨
二 当事者の主張
当事者双方の事実上の主張は、次のとおり付加するほかは、原判決事実摘示のとおり(但し、原判決三枚目裏二行目の「課税標準」の次に「等又は税額等の計算」を、同三行目の「事実の全部」の次に「又は一部」をそれぞれ加え、同六枚目表一〇行目及び同七枚目表九行目の各「買替え」を「買換え」と、同八枚目表五行目の「事業資産」を「事業用資産」と各改める。)であるから、これをここに引用する。
1 控訴人の主張
(一) 本件賦課決定処分が憲法違反であることについて
(1) 控訴人は、昭和五八年分所得税の確定申告(本件確定申告)につき、一貫して税理士の意見に従ったもので、租税特別措置法三七条四項の買換え特例の規定が適用されないときにはそれとしての納税意思があったこと、本件土地の入手経過からすると、本来、事業用土地として評価され、右規定が適用されるべきこと、右適用があっても税金の軽減というより繰延にすぎず、節税となるものではないこと等の事情があり、このような事情のとき、重加算税が課された例は過去には存在しない。
また、控訴人は、本件における修正申告を課税当局の指導後になしたものであるが、この申告は、右指導等がない場合になされた自主的なものと同視すべきである。そして、自主的に修正申告がなされた場合、更正処分があるべきことを予知してなされたものでないときには重加算税は賦課されない。一般的には右指導等があれば、更正処分があるべきことを予知していたと判定されるが、本件は、前記のとおり判断が困難な租税特別措置法における申告方法の選択に関連するものであり、更正処分があるべきことを予知してなされたものでないときと同視すべきである。
したがって、控訴人に対して重加算税を賦課することは、通常賦課してない事例について裁量権を濫用してなされるもので許されない。本件賦課決定処分は、法の下の平等に違反するものであり、憲法一四条違反の課税として取り消されるべきである。
(2) 重加算税が行政法規違反であるとしても、抽象的にも何らの危険がない行為は、行政法規違反として処罰されないのであるから、本件のようにより多くの納税を選択したときは、税法秩序からすると、抽象的には何らの危険がない行為であり、同様に処罰されるべきではないから、本件賦課決定処分は、国民は法律の定めるところ以上に重い負担は負わないとの租税に関する諸原則を定めた憲法八四条違反である。
(二) 重加算税の課税要件としての故意について
重加算税の課税要件としての故意については、「基礎的事実としての仮装することの認識」と「違法に租税負担を軽減するとの認識としての違法性の意識」の外に、これらの中間的位置に「社会的規範的意味の認識としての自分のなす行為が社会的に見て悪い行為であるとの認識」が必要である。
特に、重加算税は、控訴人から財産を奪い、実質的には財産刑を科するに等しいものであるから、それに相応しい社会的非難性、すなわち普通の社会人から見てそれ自体として悪いと考えられる程度の行為が必要である。しかるに、控訴人は、「実体に合わせて書類を整えた」という程度の意識しかなく、本件課税において租税特別措置法三七条四項の買換え特例の規定の適用が受けられないのならそれとしての納税をする意思があったのであり、現実にも建物建築を控えていたのであるから、控訴人にはいわゆる脱税意思がないとみなされ、通常の納税額以上に重加算税の課税がなされるのは極めて不合理である。したがって、本件賦課決定処分は、裁量権の濫用として取り消されるべきである。
2 被控訴人の認否
控訴人の主張はすべて争う。
三 証拠
証拠関係は、原審訴訟記録中の書証目録及び証人等目録並びに当審記録中の証人等目録各記載のとおりであるから、これをここに引用する。
理由
一 当裁判所も控訴人の本訴請求は、理由がないものと判断するところ、その理由は、次のとおり付加するほかは、原判決理由説示のとおりであるから、これをここに引用する。
1 原判決八枚目裏九行目の「証人荒谷良一の証言」を「原審証人荒谷良一、当審証人井美郁夫の各証言」と、同一〇行目の「証人増田義範」を「原審証人増田義範、当審証人井美郁夫」と各改める。
2 同九枚目表六、七行目の「放置していたところ、」の次に「昭和五七年ころ、」を、同八行目の「原告は、」の次に「昭和五七年一一月ころ、木下組に抗議し、木下組と協議した結果、」をそれぞれ加え、同末行の「本件土地」から同裏初行の「ていたが、」までを削除し、同行の「譲り受けた。」を「譲り受け、同月一七日本件土地を株式会社タイヨーに売却した。」と改める。
3 同一〇枚目表九行目の次に「なお、増田税理士は、本件において、右適用が受けられるか否かはボーダーラインで、事前に税務当局と相談しても明確な回答が得られないと思ったこともあって、結局、税務当局と右相談をせずに前記各書面を控訴人に準備させた。」を加える。
4 同一一枚目表末行の「確認するため」の次に「昭和五九年八月から同年一〇月にかけて」を加え、同裏五行目の「昭和五九年二月ころ、」から同八行目の「伝えた。」までを「控訴人にその事情を確かめることとした。そこで、荒谷調査官は、昭和五九年一一月ころ、控訴人と増田税理士に福井税務署に来てもらい、事情を聞いたところ、控訴人らが、賃貸借契約書(乙五)と覚書(乙六)を持参し、このとおり従前土地及び本件土地を木下組に貸付けていると主張したので、疑問点を追求したが対立した。荒谷調査官は、やむなく木下組の井美総務部長に対する質問てん末書(乙八)と木下社長の上申書(乙九)を控訴人らに見せたところ、反論もなく黙っていたので、控訴人らが右貸付のないことを認めたものと考え、控訴人らに対し、本件土地の譲渡につき事業用資産の買換え特例は適用できないから修正申告をするように勧めたところ、増田税理士が、控訴人に説明したうえで後日提出すると答えた。」と改める。
5 同一二枚目表七行目の「原告は、」から同九行目の「締結したこともない。」までを「従前土地は、事業用の土地として取得されたが、用途制限のため、長期間、空地のままで放置されていたものであるところ、租税特別措置法三七条の事業用資産は現実に事業の用に供されていることが必要であることから、右取得目的から直ちに同条の事業用資産とはいえない。また、控訴人は、木下組に従前土地を半年位、事実上使用させていた事実があるが、賃料は受領しておらず、賃貸借契約を締結したこともない。しかも、本件土地は、控訴人の取得の約一週間後に木下組に売却され、その一〇日後には他の会社に転売されているのであって、控訴人と木下組の本件土地の賃貸借契約はもちろんのこととして、使用貸借契約も大いに疑わしいといわざるをえない。」と改め、同一〇行目及び同裏初行の各「及び本件土地」を各削除する。
6 同一三枚目表五行目の「事実の隠ぺい」から同七行目の「足りるのであって、」までを「納税者が故意に課税標準等又は税額等の計算の基礎となる事実の全部又は一部を隠ぺいし、又は仮装し、その隠ぺい、仮装行為を原因として過少申告の結果が発生したものであれば足り、それ以上に、申告に際し、納税者において過少申告を行うことの認識を有していることまでを必要とするものではないと解するのが相当である(最高裁判決昭和六二年五月八日言渡、裁判集民事一五一号三五頁参照)のであって、脱税意思あるいは」と改める。
7 同一三枚目表末行の「弁論の全趣旨」から同裏初行の「甲第四号証」までを「原審証人増田義範の証言及びこれによって成立の認められる甲第四号証」と改め、同裏九行目の次に行を改め、「なお、控訴人は、重加算税の課税処分については、実質的には刑罰ともいうべきものであるから、その適用の要件も厳格に制限され、被控訴人の裁量も覊束裁量というべきである旨主張するが、前記最高裁判決、特に重加算税が違反者に対する行政上の措置であることなどからして、被控訴人の裁量が覊束裁量か否かをさておいても、本件賦課決定処分が適法で、裁量権の濫用に当たらないことが明らかである。」を加える。
8 同末行、一四枚目表初行の「を認めるに足りる証拠はないから、この点についての」を「はなく、明示的にはもちろんのこととして黙示的にせよ、被控訴人は、控訴人が修正申告をすれば重加算税を賦課しない旨告知したことはないから、禁反言の法理に反するとの」と改める。
二 控訴人は、本件のような事例で重加算税が課された例は過去に存在しないし、修正申告も税務当局の指導がない場合になされた自主的なものと同視すべきであるから、本件賦課決定処分は、通常、賦課していない事例について、裁量権を濫用してなされたもので、法の下の平等に反するものであり、憲法一四条違反の課税として取り消されるべきである旨主張する。
しかながら、前記の諸事実(原判決引用)、特に、控訴人は、租税特別措置法三七条四項の買換え特例の規定の適用があるか否か明確でなかったが、右特例の適用を受けるために望ましいということで、単に形式を整えるというのではなく、積極的に虚偽の賃貸借契約書等の証憑書類を作出するなどして本件確定申告をしたもので、その後、荒谷調査官から事情を尋ねられた際にも、木下組の関係者に対する質問てん末書等を見せられるまでは、右賃貸借契約が真実存在するとの虚偽の主張を維持したりしていることなどからも明らかな如く、本件賦課決定処分の要件は充分認定できるから、同処分は適法であり、かつ相当で裁量権の濫用もないと認められ、法の下の平等に反するとは決していえない。したがって、控訴人の右主張は採用できない。
三 控訴人は、重加算税が行政法規違反であるとしても、本件のようにより多くの納税を選択したときは、何らの危険がない行為であり、処罰されるべきではないから、本件賦課決定処分は、法律の定めるところ以上に重い負担を負わせたものであり、憲法八四条違反である旨主張する。
しかしながら、控訴人の本件行為が抽象的に危険な行為か否かは別として、重加算税を課しうるためには、前記最高裁判決のとおり、納税者が故意に課税標準等又は税額等の計算の基礎となる事実の全部又は一部を隠ぺいし、又は仮装し、その隠ぺい、仮装行為を原因として過少申告の結果が発生したもので足りるのであって、右各事実の認められることは前記認定(原判決引用)のとおりである。したがって、憲法八四条違反の事実もなく、控訴人の右主張も採用できない。
四 控訴人は、重加算税要件としての故意について、基礎的事実としての仮装することの認識のみでなく、違法に租税負担を軽減するとの認識としての違法性の意識及び社会的規範的意味の認識としての、自分のなす行為が社会的に見て悪い行為であるとの認識が必要であり、この点からして本件賦課決定処分は、裁量権の濫用として取り消されるべきである旨主張する。
しかしながら、前記のとおり、重加算税を課し得るためには、納税者が、一定の事実を隠ぺい又は仮装し、それらの行為を原因として過少申告の結果の発生が必要であるが、それ以上に、申告に際し、納税者において過少申告を行うことの認識を有していることまでを必要としていないのであるから、控訴人の右主張は採用できず、本件賦課決定処分が裁量権の濫用に該当するとは到底いえない。
五 よって、本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 井上孝一 裁判官 横田勝年 裁判官 田中敦)